ユーラシアの杖

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『ボイス+パレルモ』
 豊田市美術館
  2021 年 4 月 3 日- 6 月 20 日
 埼玉県立近代美術館
  2021 年 7 月 10 日- 9 月 5 日
 国立国際美術館
  2021 年 10 月 12 日-
        2022 年 1 月 16 日

チューリッヒの美術館で開催された展覧会のポスター。「ユーラシアの杖」の一場面を用いている。尚このポスターは 『ボイス+パレルモ』には出品されていない。

『ボイス+パレルモ』に於いて、〈 私はアメリカが好き、アメリカも私が好き〉〈死んだウサギに絵を説明するには〉〈ユーラシアの杖〉など、ボイスのアクションを記録したヴィデオを観ることができた。私はそれらを、図版のみでしか知り得なかったので、貴重な機会となった。

今回は〈ユーラシアの杖〉について述べたい。このアクションは1968年2月9日、アントウェルペン(オランダ)の画廊ワイド・ホワイト・スペースで行われた。フルクサスの音楽家ヘニング・クリスチャンセンが参加している。本編は82分だが、私が観たのは20分程度に編集されたものだった。

四本のL字型をした柱を、まるで突っ支い棒のように立ててゆく。それぞれの長さは4mを越え、ぴったりとフェルトが張り付けてある。私は単純にも鉄製だと思い込んでいたが、当然のことながら木材である。画廊の中に、四つの辺による別の空間が出現する。私はそれを「世界」と見立てる。

杖は柱とほぼ同じ長さだ。 二本の銅製のパイプをボルトとナットで 繋げ、片方の端は U 字型に曲げてある。その杖を持ち上げ、天井から吊り下がった裸電球の周辺でゆっくりと動かす。電磁気を帯びさせる仕草なのだ。次に杖のU字を柱に接触させ、エネルギーの移動があったことを表現する。こうして「世界」にエネルギーの流れが戻り、治癒されるのである。

若江漢字は『ヨーゼフ・ボイスの足型』で以下のように述べている。
「アクション《ユーラシアン・スタッフ》は、フランス革命期に、ウィーンとパリで活躍したオーストリア人医師で、ロベスピエールの友人でもあったメスメールの治療法に酷似していた」*1
メスメル、メスマーとも表記され、メスメリズムという用語は彼に由来している。この医師は、磁気治療を行う装置を発明した。装飾を施した大きな桶に、取っ手のような鉄の棒を 、間隔を空けながら設置する。 蓄電器のようなものだろう。患者が棒を握ると磁気流体が身体を満たし、様々な病が治るという。
『英国心霊主義の抬頭』によるとメスメールは、「 1770 年代に動物磁気を発見したと主張し、その効果は宇宙のすべての物体の内外に存在する目に見えない微細な流体によるものであるとした。この流体は地面と空を、人体と天体を結んでおり、人間の体内での分布状態が健康・病気を決定するとされた。流体が体内で自由に流れないと病気は治癒しない」*2
磁気療法はやがて、催眠治療 やフロイトの対話療法へと変遷する。

〈ユーラシアの杖〉は、メスメリズムを引用し思想を視覚化する試みである。儀式は続き、次の場面でボイスは、右足を浮かせてバランスを取っている。エネルギーが停滞することなく、「世界」が健康な状態を保持し、自然界と調和した文明・社会を築くことが出来るよう祈祷しているのである。 私たちの、愛と理知に基づく創造的な生き方が必要とされるのだ。ややあって、右脚のふくらはぎに脂肪を塗り始める。自身の痛手を治療するその行為に、ボイスの力強さを見る。厭世に陥らず、自ら作り上げた理想に逃げ込むのではなく、態勢を立て直しながら挑戦を繰り返す。破壊の手強さは十分に承知しており、それ故の藝術活動なのだ。アンドレイ・タルコフスキー監督の『ノスタルジア』を思い起こさせるアクションである。

アクションに用いた杖と四本の柱が 、展示室の壁に立て掛けてあった。私は、その杖に触れてみたいという 衝動に駆られた。メスメールの発明についてはまだ知らなかったので、磁気治療が目的ではない。福島原発事故以来、私はずっと不機嫌なままだ。ラビリンス(迷宮)による心理療法の研究をしている学者が言うには 、怒りが続くのはせいぜい5年で、これを過ぎると倦怠感が襲ってくる。それを聞いた私は、陰鬱から逃れたいが為に、忘却へと向かいはしまいかと懸念した。そこで怒りを沈潜化させながら、倦怠期をやり過ごすことにした。破壊の不条理への抵抗は今や、私の一部となった。とはいえこの長丁場だ、凝りがひどくなる時もある。きっと私は、ボイスの思索と思想を帯びた杖を握ることにより、自らの励みにしたかったのだろう 。精神的な連帯 、そしてヴァイブレーションの向上、とどのつまり癒しを得るのだ。

1. 若江漢字・酒井忠康『ヨーゼフ・ボイスの足跡』p .39、みすず書房、 2013 年
2. ジャネット・オッペンハイム『英国心霊主義の抬頭 ヴィクトリア・エドワード朝時代の社会精神史』(p .272)
    和田芳久訳、工作舎、1992年

 石橋宗明