
Montand, Yves – Schauspieler, Frankreich/ mit Costa-Gavras (l.), Pressekonferenz in Bln.
(GERMANY OUT) Montand, Yves *13.10.1921-09.11.1991+ (Eigentlich Ivo Livi) Schauspieler, Chansonnier, Frankreich – mit dem Regisseur Costa-Gavras (l.) bei einer Pressekonferenz in Berlin, Hotel Kempinski – November 1970 (Photo by Binder/ullstein bild via Getty Images)
ドナルド・トランプDonald John Trump大統領は、ブラジル政府に対して50%の関税を通告しました。ジャイル・ボルソナーロJair Messias Bolsonaro前大統領にシンパシーを覚えるが故の、救出を目的とした経済圧力(嫌がらせ)ではないかとも言われています。ボルソナーロは3年前の大統領選挙で敗北を喫しましたが、この結果を不服としてクーデターを企て、今年2月に起訴されたのです。
ボルソナーロは、2019年1月1日にブラジルの大統領に就任しました。しかし彼は、1964年から85年まで続いたブラジル軍事独裁政権を賛美する人物でもあります。朝日新聞記事に、「ボルソナーロ氏の主な発言」が掲載されていました(2018年10月30日)。曰く、「軍事政権時代は、治安も経済もよかった。素晴らしい時代だった」、「独裁の間違いは拷問したのに、殺さなかったことだ」、「軍警察はもっと(犯罪者を)殺すべきだ」。リーダーとしての資質どころか、品位を著しく欠く人のようです。「(女性議員に対し)あなたはレイプするに値しない」、「黒人の子孫は何もやらない。子どもを産む価値もない」などと続きます。
ボルソナーロは「イタリア系移民に生まれ、軍事独裁政権だった1977年に陸軍入隊。88年に大尉で退いた。選挙前、親しい人たちに『今のブラジルは静かな戦争のさなかにある』と語った。敵は過激な左翼、同性愛者らキリスト教的な伝統的価値を壊そうとする人々、そして犯罪者だ」(朝日新聞、2018年10月31日)。
ボルソナーロはキリスト教プロテスタント「福音派」の信者であり、ブラジル国内に7千の教会を持つ「福音派」有力者が支持に回りました。そうした背景が絡んでいるのか、イスラエルのブラジル大使館を、商都テルアビブからエルサレムへ移転する旨をツイッターで表明したこともあります。
大統領選では「元将軍ら軍関係者が支援に動いていた」(同上)。副大統領に選出されたハミルトン・モウランも元軍人で、やはり軍事政権の犯罪を擁護しました。
コスタ・ガヴラスCosta-Gavras監督の『戒厳令』“State of Siege”(1972年. フランス語タイトル“Etat de Siege”)は、ボルソナーロが称賛するブラジル軍事独裁政権の実態を垣間見ることのできる作品です。1969年7月、米政府機関の一つである国際開発庁(USAID)からフィリップ・マイケル・サントーレ(イヴ・モンタンYves Montand)がウルグアイに派遣されます。通信技術のスペシャリストという触れ込みですが、彼のオフィスは警視庁の中に構えられていました。サントーレはある朝、自宅を出たところを、都市ゲリラ(ツパマロスTupamaros)によって誘拐されます。彼らのアジトに監禁され、尋問が始まりますが、最初の内はうまく煙に巻きます。しかし数々の詳細な調査結果を突き付けられ、言い逃れが難しくなってゆきます。
サントーレは通信技術の専門家などではなく、ワシントンの国際警察学校の教官であり、拷問者でした。前任地のブラジルではクーデターの勃発に関与し、軍事独裁政治が始まると、彼の指導を受けた軍人と警察官が市民を弾圧したのです。その後、ウルグアイに赴任するや否や、警察幹部となった教え子(レナート・サルヴァトーリRenato Salvatori)たちと合流し、都市ゲリラや反体制的な言論の封殺に取り掛かります。
ワシントンの国際警察学校には中南米諸国の警察官が研修に訪れます。グァテマラ、アルゼンティン、ホンジュラス、ドミニカ、パラグアイ、エクアドル、ウルグアイ、ブラジル、ボリビア、パナマ、といった国々です。アメリカ政府による弾圧ネットワークの構築は、「社会・共産主義政権」打倒を名目とした、中南米諸国の政治と経済の支配が目的です。
『戒厳令』は、ジャーナリスティックな仕事を基に事件を再構成します。娯楽が入り込む余地は無く、滑稽な場面も、意図せずにそうなったかのような徹底ぶりです。再構成が試みられた事件は、1970年8月10日にモンテヴィデオで誘拐され、後に遺体となって発見されたイタリア系アメリカ人、ダン・アンソニー・ミトリオーネDaniel Anthony Mitrione*に関するものです。コスタ・ガヴラス監督の妻Michèle Ray-Gavrasはジャーナリストであり、真相の掘り起こしに大いに貢献したに違いありません。『シシリーの黒い霧』や『黒い砂漠』を撮ったフランチェスコ・ロージFrancesco Rosi監督にしてもそうですが、そうした情熱は、現代社会の病巣を抉ろうとする作家に具わった腸(はらわた)なのです。
以下『映画評論』(1974年4月号)に掲載された田山力哉の記事から抜粋します。
「ガヴラス監督とフランコ・ソリナス(脚本)は、ミトリオーネの死をめぐる映画を、全く事実に則して作るために、あらゆる資料を探って歩いた。まず当時の新聞、公式文書、衆議院の議事録など。それから普通では入手し難い幾つかのドキュメント、たとえば尋問調書などまで手に入れた。ガヴラス自身、次のように言っている。『私はアメリカの国会図書館にまで行った。そこで革命派について、ミトリオーネについての多くの資料を調べた。だから私は彼の介入したあらゆる国を通して彼の軌道を追うことができる。私は彼の月給をさえ知ることができた』」。
観客が劇場から逃げ出してしまっては元も子もないので、苛酷な場面には配慮が払われています。例えば、電気ショックの実習を「政治犯」で行う等の描写です。しかし想像力を働かせるのなら感情が沸き立ち、おぞましさに慄然とすることでしょう。私たちは感情を介して知ることができます。
豊富な天然資源に恵まれたブラジルが世界の民主主義をリードし、著しい経済発展を遂げるだろうと見込んでいました。私など、移住しようかと思った程です。ところがいつしか経済は減速し、銃器を用いた殺人が増え、これには多くの警察官も関わっているという有様です。アムネスティ・インターナショナルによると、人権を擁護する人々の殺害率が世界でも特に高いということです(ボルソナーロが大統領に就任した当時のデータです)。経済が低迷し、人権がおろそかになり始めた頃、ファシズムがしゃしゃり出てきます。実際、残虐な軍事政権を賛美する元軍人が大統領に選ばれてしまいました。
ジャイル・ボルソナーロは何者なのか? 彼と、彼を支持する元軍人たちはいったい誰と通じているのか? なぜブラジルででも「福音派」と呼ばれる、怒りに我を忘れる不寛容な人々が増え続けているのか? アメリカを席捲しているキリスト教原理主義や新保守主義、ドナルド・トランプDonald John Trump政権と相似を成してはいまいか?
私たちの社会は、科学ではないものを科学だと教え込み、安全ではないものを認可し普及させもします。議論の対象とすべきか否かが、いつの間にか決められてしまいます。検証を求める声は真面に取り上げられません。不条理の放置は新たな不条理を呼び寄せ、腐敗は層を成します。そうした「常識」がほころび始めるのは、支配の構造に変化が訪れた時です。喧伝されてきた諸々は、実のところ出鱈目であった、旧体制と「専門家」らは君たちを惑わし、金儲けに精を出していたのだと諭します。文献でもって検証することにより、確認が可能な事実も含まれていますので、その姿勢は歓迎します。しかしそれをよいことに、彼らは人々の歓心を買おうとします。嘘と誤魔化しだらけの古い体制から解放してくれる、新しい時代のリーダーとなってくれるだろうという期待を抱かせるのです。しかし取って代わる者たちもまた、彼らなりの方法で不条理を行使します。権力闘争に勝利し、新時代の富豪が自分たちの思惑通りに大資本を動かし始める訳ですが、私たち市民にとっては、良いことなど一つもありません。彼らの目的は依然として暴利を貪り、市民を搾取することなのですから。民主主義を非効率と退け、君主制や軍事独裁を理想とするのは、強欲に駆られた彼らが好き放題に振る舞えるからです。その他大勢の人々を支配し、誰かを簡単に破滅させることができます。社会や文明を創造的なものにしようといった理念などありません。文化や藝術に携わる私たちとは、正反対の人々です。
排外主義を謳うのは、ナショナリズムの高揚を狙ってのことです。まったく理解し難いのですが、排外主義は熱狂的な支持を獲得します。北米ではイスラムやアラブ人、移民や難民、同性愛者を排除・差別する動きが強まり、ドイツとオーストリアの極右政党は共に反イスラムと反移民を掲げています。日本では近隣の国々を標的にし、難民の受け入れは、そもそも拒絶同様の状態です。歴史修正の試みも見られます。それらは扇動です。国と国、民族と民族間の確執を煽り、個々人の容認の差異にまで干渉します。緊張を高め、持続させることで、軍備の拡大を正当化させるという裏があり、それが真の目的なのです。
*ダン・アンソニー・ミトリオーネが行った拷問訓練について、最近の文献では、ナオミ・クラインNaomi Klein著『ショック・ドクトリン』The Shock Doctrine: the Rise of Disaster Capitalism.(幾島幸子・村上由見子訳、岩波書店、2011年)の上巻pp.127-128に、また、ウィリアム・ブルムWilliam Blum著『アメリカ侵略全史:第2次大戦後の米軍・CIAによる軍事介入・政治工作・テロ・暗殺』Killing Hope: U.S. Military and CIA Interventions Since World War II(益岡賢・大矢健・いけだよしこ共訳、作品社、2018年)のウルグアイの章に記述があります。
石橋宗明