ダグ・ハマーショルドの美学

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Sculpture Given to the United Nations in Memory of the Late Dag Hammarskjöld
Unique Identifier UN7661402
NICA ID 190736
Production Date 05/15/1964 5:00:00 PM
Country United States of America
City/Location New York
UN Photo/Yutaka Nagat

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Sculpture Given to the United Nations in Memory of the Late Dag Hammarskjöld
Unique Identifier UN7703560
NICA ID 150544
Production Date 05/15/1964 1:25:47 PM
Country United States of America
City/Location New York
Credit UN Photo/Yutaka Nagata

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Sculpture Given to the United Nations in Memory of the Late Dag Hammarskjöld
Unique Identifier UN7703561
NICA ID 150545
Production Date 05/15/1964 2:14:38 PM
Country United States of America
City/Location New York
Credit UN Photo/Yutaka Nagata

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Sculpture Given to the United Nations in Memory of the Late Dag Hammarskjöld
Unique Identifier UN7661403
NICA ID 190738
Production Date 05/15/1964 5:03:29 PM
Country United States of America
City/Location New York
Credit UN Photo/Yutaka Nagata

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Sculpture Unveiled Honours Dag Hammarskjöld
Caption Description
A 21-foot-high abstract sculpture, entitled “”Single Form”” and dedicated to the memory of Dag Hammarskjöld, was unveiled at United Nations Headquarters this afternoon during a ceremony presided over by United Nations Secretary-General U Thant. The sculpture, mounted on a granite base at the southern edge of the circular basin facing the 38-story Secretariat building, was executed by Barbara Hepworth, a British sculptress. It is a gift of Jacob Blaustein, former U.S. delegate to the United Nations and friend of the late Secretary-General.
The abstract sculpture, “”Single Form”” is seen against the background of the Dag Hammerskjold Memorial Library at United Nations Headquarters. 
Unique Identifier UN7653985
NICA ID 214890
Production Date 06/11/1964 8:12:13 AM
Country United States of America
City/Location New York
Credit UN Photo/Yutaka Nagata

 1953年、ダグ・ハマーショルドは国連事務総長に就任した。手始めに彼は、国連本部ビル内に事務所を構えていたFBIを追い出した。スパイ捜しや、密告をそそのかすマッカーシズムの先兵らが居座っていては、国連職員の精神衛生上、かんばしくないのだった。同じくしてハマーショルドは、ニューヨーク近代美術館と連絡を取り合っていた。「いくつかの美術作品を国連に貸し出すための準備を整えてほしい」(p.140)。学芸員たちを驚かせたのは、ハマーショルドが自ら美術館にやって来て、作品を選び始めたことだった。彼はストックホルムに住んでいた頃から、足しげく画廊に通い、作品を購入するほどの審美眼を持っていた。殊に近代美術に造詣が深かった。
 当時、ニューヨーク近代美術館は、開館25周年を迎えていた。一目置かれたハマーショルドは、祝賀会でのスピーチを頼まれている。
 その中で彼は、「近代の国際政治において(引用者中略)われわれは、近代藝術家を鼓舞してきた精神をもって任務の遂行に取り組んでいかなければならない。つまり、われわれは慣習的な思い込みや、型にはめられた手法といった鎧を脱ぎ捨てて、素手と、奮い起こし得る可能なかぎりの誠実さだけで問題に挑まなければならない」(p.206)。ハマーショルドにとって近代美術の冒険精神は、国際政治に取り組む自身の姿勢と相似を成していた。
 程なくハマーショルドは、国連事務局の改革に着手する。国連憲章(国際的倫理の基本原則)を念仏に終わらせない為には、ここから始める必要があった。国連職員は、国家主義に与せず、いかなる加盟国からも独立した国際公務員でなくてはならない。そうした規範を明確にすることで、職場の混乱は収まり、事務局の行政機能が回復する。ひいては国連の存在意義を示すことができるのである。
 冷戦下に於いて、常任理事国同士が疑心暗鬼に捕われ、いがみ合っている状態では、国連が本来の機能を果たすことなど不可能だ。1949年に北大西洋条約機構(NATO)が発足し、対して6年後、ワルシャワ条約機構が成立している。そうした情勢の中、国連事務局が独立性を保つことは絶対不可欠なのだ。「国際協力は正義、安全、人権の尊重を実現するための真の変革を起こす原動力である」(p.318)とハマーショルドは言う。
 かつてハマーショルドもまた、故国スウェーデンはNATOに加盟すべきではないと考えていた。しかし2022年5月、スウェーデンはフィンランドと並んで、NATOへの加盟を申請した。プーチンの軍勢がウクライナへ進攻したことが契機となり、19世紀前半からの外交方針であった軍事的非同盟に終止符を打ったのだ。プーチンの暴虐の背景には、日本も含め、世界を戦争へと巻き込んでゆく目論見があるのだろう。戦を起こせば莫大な利益を得ることが出来るが、初期段階の仕込みとして、人々の恐怖とナショナリズムを煽る必要がある。巧妙なシナリオなので、うっかりするとゲームに引き摺り込まれかねない。一線を越えない為にも、どうあっても戦争はできない、という法律の縛りが最も効果的である。

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Suite of the Secretary-General  at United Nations Headquarters
Caption Description
View of a section of the office used by the late Secretary-General Dag Hammarskjöld in his suite at United Nations Headquaters. The sclpture at right is “”Single Form”” by B. Hepworth. On the wall to the left of the door is “”Still Life”” by La Fresnage, on loan from the Museum of Modern Art of New York. The curtains are natural linen weave. The table and chairs were designed and made in Sweden.
Unique Identifier UN7768024
NICA ID 49854
Production Date 09/01/1961 11:54:09 AM
Country United States of America
City/Location New York
Credit UN Photo/Teddy Chen

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Suite of the Secretary-General  at United Nations Headquarters
Caption Description
A view of a corner of the dining room in the suite of the late Secretary-General Dag Hammarskjöld at United Nations Headquarters. The sculpture at right is a “Single Form” piece by Barbara Hepworth. On the wall at centre is a sketch by the well-known spanish artist Bo Boskov. Above and to the right of the fireplace is a “Palenque”  head from Mexico. The furniture was designed and made in Sweden.
Unique Identifier UN7768030
NICA ID 49860
Production Date 09/01/1961 12:25:27 PM
Country United States of America
City/Location New York
Credit UN Photo/Teddy Chen

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Meditation Room at United Nations Headquarters
Caption Description
A view of the Meditation Room at United Nations Headquarters. The focal point of the room is the massive block of iron-ore dimly spotlighted from above. The fresco in the background is the work of Swedish artist Bo Beskow. Painted in blue, white, gray and yellow geometric forms, with light pure colours intersecting to form deeper shades, the fresco is 9 feet high and 6 1/2 feet wide.
Unique Identifier UN7770540
NICA ID 65971
Production Date 05/01/1970 11:54:09 AM
Country United States of America
City/Location New York
Credit UN Photo

 1955年、ハマーショルドは、中華人民共和国の捕虜となっていたアメリカ空軍兵士たちの解放交渉に臨み、成功を収める。周恩来首相と話したのだ。これは国連事務総長自らが当事国(者)と会談し、問題の解決に当たる初めての試みだった。権力は無い、しかし特権ならある。これをどう捉え、応用するかである。固定観念に留まる行政官、あるいは「説教壇の教皇」に終始することなく、ハマーショルドは国連憲章に照らし合わせながら積極的に動いたのである。紛争を未然に防ぎ、解決の糸口を探る試みは後に「北京フォーミュラ」(北京方式)と呼ばれ、「静かな外交」「予防外交」の手本となる。ハマーショルドのそうした行動理念は、憲法9条を保持する日本が、紛争解決に貢献する上で恰好のモデルとなるのではないか。日本が具現化できる美学が、まだ埋もれたままになっているように思うのだ。

 1960年7月、ベルギー領コンゴが独立を果たしたものの、その直後から内戦に突入してしまう。翌年の9月、コンゴから分離独立したカタンガ州で、カタンガ軍(ベルギー軍と傭兵《多くは南アフリカ人とローデシア人》)と国連平和維持軍(*1)との間で戦闘が始まった。国連軍の当初の任務は、カタンガ軍に穏便な撤退を求め、その工程を監視することだったはずなのだ。因みに、コンゴへの国連軍派遣の決定に対して、ベルギーと安全保障理事国は強く反発し、ソ連のニキータ・フルシチョフ首相に至っては、ハマーショルドの辞任を要求した。
 ハマーショルドがカタンガで勃発した交戦を知ったのは何時なのか、未だ判然としないのだが、コンゴ政府との一連の協議の為、首都レオポルドヴィル(現在のキンシャサ)に到着した際に、という報告がある(p.327)。
 停戦調停を急がなくてはならなかった。カタンガ国大統領モイーズ・チョンべと会見すべく、9月17日の夜、ハマーショルドは国連チャーター機に搭乗する。しかしコンゴの空港を飛び立った飛行機は、イギリス領北ローデシアのンドラ空港から15キロ離れた平原に墜落し、ダグ・ハマーショルドと14人のスタッフ全員が死亡した。詳細を述べるなら、国連警護員1名が重体で発見されている(その後、搬送先の病院で死亡)。また、ハマーショルドは墜落後、しばらくの間だが、生存していたことが検死で分かっている。以下は、国際連合設立に尽力し、ハマーショルドの側近も務めたブライアン・アークハート卿の著書から。「墜落の時刻は、犠牲者の腕時計から推測すると9月17日の午後10時11分~10時13分(グリニッジ標準時)であった。翌日の午後になって、ようやく捜索隊が事故現場に到着したとき、ハロルド・ジュリアン(Harold Julien)だけはまだ息が残っていたが、その彼も重度の火傷のために5日後に死亡した。/ ハマーショルドの遺体は、大破した機体から少し離れた所に横たわっており、犠牲者のなかで唯一、火傷をまったく負っていなかった。墜落後も、わずかの間は生存していたであろうということが検死の結果明らかになった。しかし、複雑骨折した脊椎、肋骨、胸骨、大腿骨、そして内出血といった一連の怪我はまちがいなく致命的なものであった。彼は、機体の火炎から免れた灌木の近くに仰向けに横たわっていた。顔の表情は実に安らかであり、手には一つかみの草が握られていた」(Brian Urquhart, “Hammarskjold” New York, Norton & Company, 1972, p.589.)《p.328》。
 『世界平和への冒険旅行』の翻訳者によると、スーツケースも火災の影響を受けていなかった。「一晩だけの出張予定であったため、事故当時の彼の所持品は少なかった。そのなかには、『国連憲章』、『詩編』、そしてマルティン・ブーバーから翻訳を依頼されていた『我と汝』の翻訳途中の原稿が見つかった」。スウェーデンの聖職者によると、トマス・ア・ケンピス(15世紀ドイツの修道士)の『キリストにならいて』も所持していたという。

 アフリカの資源を牛耳る国際金融資本は、ハマーショルドをアフリカで成功させたくはなかったに違いない。宗主国からの独立を成し遂げても、経済さえ押さえておけば、引き続き搾取が可能である。政治が機能せず、腐敗の度を深めるなら、それは尚更簡単だ。ハマーショルドは、そうした新植民地主義の抬頭を阻止したかったのではないか。天然資源は独立国が活用し、その収益でもって経済と社会を成り立たせてゆくべきだと。しかし利権に執着する者たちには、悪い冗談にしか聞こえなかっただろう。

 国連本部ビル内には瞑想室がある。ハマーショルドが改装を指示し、1957年に公開された。スウェーデン産の鉄鉱石が設置され、正面に描かれたフレスコ画は、画家ボー・ベスコフ(絵本作家エルサ・ベスコフの息子)によるものである。この瞑想室は宗派を超えた場であり、平和と創造に向けての連帯を象徴している。
 1961年の夏、コンゴ動乱の最中のことだが、ボー・ベスコフは、ハマーショルドが「疲れ果て、落ち着きをなくし、悲観的になっている」という印象を受けた。そこでベスコフは、君は「まだ人間を信じることができるか」と尋ねたてみた。ハマーショルドはそれに答えて、「いや、私は人間を信じることなどが可能だとは、これまでに一度たりとも考えたことがない。しかし、最近になって、邪悪な人間というものが現実に存在するということを理解するようになった。とことん邪悪な人間、ただひたすら悪意に満ちている人間が存在するということを」(p.258)。最初のセンテンスは、常に人を信じて生きてきた、という意味であろうと私は受け取った。文脈をたどることが出来るからである。愛の中に身を置くのではなく、邪悪(肥大化した自己愛)を本質とし、破壊に執着する人間がいる。反生命の臭気を漂わせながら裏面工作に汲々とする者たちに、ハマーショルドは心底困惑し、如何に対処すべきか、とても悩んだのだろう。故国スウェーデンで、行政官としての経験を積んだ彼ではあったが、あらゆる国に触手を伸ばし、容赦なく人々を搾取する者たち、そしてその利益に群がる人々のおぞましさに吐き気を催したに違いない(*2)。

 ハマーショルドは藝術家たちと広く交流し、殊に小説家のジョン・スタインベック、ボー・ベスコフ、彫刻家のバーバラ・ヘップワースとは親しい間柄だった。ハマーショルドの執務室には、ヘップワースから贈られた木工彫刻『チュリンガⅢ(ChuringaⅢ)』が飾られている。彼女に宛てて、「この作品は執務室のなかでも私の目の前に置かれており、毎日、実に毎時間のように喜びを与えてくれる」、「偉大な藝術作品は独自の清廉潔白さの規範をもっており、すべてにおいて何が達成されるべきかを絶えず思い出させてくれる」(p.142)と書き送っている。この手紙は、コンゴでの停戦交渉に臨む前日にしたためられた。それから3年後、ヘップワースは『シングル・ファーム(Single Form)』を彼に贈っている。それは大きなブロンズ作品で、国連事務局前の円形広場に設置された。除幕式に於いて、ヘップワースは次のように述べている。「ダグ・ハマーショルドは、美学上の道義に対して純粋で厳しい直感を備えていたと言える。それは、道徳上と倫理上の道義と同じくらい厳しいものであった。これらは、彼にとっては同一のものであったのだろう。そして彼は、われわれ一人ひとりが発揮し得るベストを尽くすことの重要性を呼び掛けていたのであろう」(p.143)。
 同年、マルク・シャガール制作のステンドグラスが、国連本部ビルのロビーに飾られた。ハマーショルドと14名の国連職員を称え、偲ぶ作品である。シャガールと国連職員によって寄贈された。タイトルは『平和』で、旧約聖書のイザヤ書から主題を得ている。それは救世主誕生の物語である。

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Staff Memorial to Dag Hammarskjöld and 15 Who Died with Him
Caption Description
This large free-standing composition in stained glass is a memorial to Dag Hammarskjöld, former Secretary-General of the United Nations, and the fifteen others who lost their lives in a plane crash in Ndola, Africa while on a peace mission. It is a gift from United Nations staff members and Marc Chagall, the French artist who executed the work.A detail of the stained glass composition. 
Unique Identifier UN7757700
NICA ID 84540
Production Date 08/01/1985 12:39:41 PM 
Country United States of America
City/Location New York
Credit UN Photo/Lois Conner

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Staff Memorial to Dag Hammarskjold and 15 Who Died with Him
Caption Description
A stained glass panel by the French artist Marc Chagall will be unveiled at United Nations Headquarters on 17 September as a memorial to former Secretary-General Dag Hammarskjld and the 15 others who died with him in 1961 in a plane crash at Ndola, Northern Rhodesia. The ceremony will mark the third anniversary of the accident. The memorial will be unveiled by Secretary-General U Thant in the south-eastern section of the lobby of the Secretariat building, facing the East River. Creation of the memorial has been made possible by United Nations staff members at Headquarters and abroad, who to date have donated $17,000 in response to an appeal launched soon after Mr. Hammarskjold’s death by a committee of the United Nations Staff Council. The panel, which is about 15 feet wide and 12 feet high, depicts conceptions of the artist on the themes of peace and man.
Mr. Marc Chagall (left) discussing his art work with Secretary-General U Thant. Looking on is Miss Paulette Stahl, Member of the Staff Memorial Committee. 
Unique Identifier UN7654684
NICA ID 215594
Production Date 09/11/1964 8:19:53 AM
Country United States of America
City/Location New York
Credit UN Photo

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Staff Memorial to Dag Hammarskjöld and 15 Who Died with Him
Caption Description
A stained glass panel by the French artist Marc Chagall will be unveiled at United Nations Headquarters on 17 September as a memorial to former Secretary-General Dag Hammarskjöld and the 15 others who died with him in 1961 in a plane crash at Ndola, Northern Rhodesia. The ceremony will mark the third anniversary of the accident. The memorial will be unveiled by Secretary-General U Thant in the south-eastern section of the lobby of the Secretariat building, facing the East River. Creation of the memorial has been made possible by United Nations staff members at Headquarters and abroad, who to date have donated $17,000 in response to an appeal launched soon after Mr. Hammarskjöld’s death by a committee of the United Nations Staff Council. The panel, which is about 15 feet wide and 12 feet high, depicts conceptions of the artist on the themes of peace and man.
Mr. Marc Chagall (right) discussing his artwork with Secretary-General U Thant (left), and Mr. Basil Yakovlev, Chairman of the Staff Memorial Committee. 
Unique Identifier UN7771803
NICA ID 74161
Production Date 09/11/1964 4:07:20 PM
Country United States of America
City/Location New York
Credit UN Photo

*1 史上初の国連平和維持軍の編成は、1956年のスエズ動乱に於いてである。エジプトのナセル大統領がスエズ運河の国有化へ動き、イギリスとフランスがこれに対抗、イスラエルも攻撃に加わった。アラブ諸国の反感を喚起しかねない軍事行動に、アイゼンハワー大統領は激怒した。しかもナセルはソ連に接近していたのである。同じ頃、ソ連軍がハンガリーに侵攻し、民衆の蜂起を弾圧していた。ハマーショルドは国連平和維持軍を編成、エジプトへ送り込んだ。何が功を奏したのかはよく分からないのだが、スエズ動乱は年内に収束した。運河はエジプトの所有となり、運営の権利を獲得した。

*2 破壊の人間、もしくは破壊の傾向が著しい人間は、生命や生命力に嫉妬する傾向が強い。性についても、汚らわしいとしか思っていない。真、善、美なるものに思いを馳せ、尊ぶことが無い。むしろ「弱いもの」として蔑んでいる。彼らの信条は、権力(支配すること)と金(奪うこと)である。自身の空虚を、醜悪で補おうとするのである。藝術作品を前にして「素晴らしい」と呻いたとしても、それは精彩に欠ける死の領域で、ちょっとばかり骨が軋んだに過ぎない。
 イエス・キリストが殺害された理由は、彼が生命力の中に生きていたからである。彼のような生き方など出来はしないと思い込んだ者たちが、嫉妬を募らせ嫌悪する。そして「イエスを殺せ!」と口々に叫ぶ。少しでも彼の本質に近づこうと苦悩してこそ、創造的な生き方へと繋がるのだが、逃げてしまうのである。三島由紀夫の『金閣寺』を例に引くと具体的になるだろうか。語り手の青年は、金閣寺の美しさに魅了され、憧れる。しかし、自分自身が遠く及ばない惨めな存在であることを思い知ると、憧れは憎悪に一変し、放火へと至る。破壊の力を示すことで、自分が優位にあると思いたいのである。もがきながら変転する機会をふいにしてしまった。これでは死の領域に留まってしまい、落ち着きのない虚飾の人生が続くばかりだ。
 国家主義に拘泥し、企業利益に執心する人々は、それが大義名分とさえなっている。彼らを称賛し、仕えようとする周辺群も無視できない存在だ。欲望を満たす為なら、戦闘で誰かが命を落としても、人びとが住み慣れた場所を追われても、良心の呵責を覚えない。放射性物質や有害化学物質が環境を汚染し、人体を蝕んでいるのに、罪にさえ問われなければ、簡単に忘れ去ることができる。コンクリートが自然の景観に取って代わっても、ツバメたちの巣が叩き落されても哀しいとは思わない。万事が醜悪で、生命嫌悪に満ちている。感情といっても、それは遠くゆらめく幻であり、理知性は魂の抜けた言葉遊びなのだ。すげ替えるがごとく表情を作り、鎧をまとった空虚な心には、怒りや苛立ちばかりが去来する。そうかと思えば、恐怖の余り取り乱したりもする。破壊と死の領域に留まるとは、そういうことだ。


◯ 引用・参考図書
ステン・アスク+アンナ・マルク=ユングクヴィスト編 /『世界平和への冒険旅行 ダグ・ハマーショルドと国連の未来』/光橋 翠訳 /新評論/ 2013年

◯ 参考図書
ダニエル・ヤーギン『石油の世紀』/ 日高義樹・持田直武訳 / 日本放送出版協会 / 1991年

◯ 備考
マッツ・ブリュガー監督『誰がハマーショルドを殺したか』/ 2019年。日本語字幕入りDVDが発売されている。Amazonのprime video ででも視聴できる。


石橋宗明