Mark Ruffalo looks at Rob Bilott, a corporate defense attorney, as he speaks during a press conference to discuss the Fight Forever Chemicals campaign on Tuesday Nov. 19, 2019. The campaign coincides with the release of the film Dark Waters starring Ruffalo inspired by the true story of Bilott, who discovers a community has been dangerously exposed for decades to deadly chemicals. (Photo by Caroline Brehman/CQ-Roll Call, Inc via Getty Images)
2023年1月31日付の朝日新聞(朝刊)の第1面に、有機フッ素化合物(総称PFAS)に関する記事が掲載された。大手メディアがこれほど大きく取り上げたのは、NHKが2019年5月15日に放送した調査報道番組以来ではないか。その『クローズアップ現代/化学物質 “水汚染”リスクとどう向き合うか』は、アメリカでのPFOA(PFASの一種)による健康被害と、規制無き日本の汚染拡大を懸念する内容だった。国連のストックホルム条約会議によりPFOAの製造と使用が禁止されたことが、特集を組むきっかけとなったのだろう。
厚生労働省は2020年に、水道水の暫定目標値を1リットル当たり50ナノグラム以下(PFOS・PFOA合算)とした。1ng/ℓは、1リットルの水に1ナノグラムの化学物質が溶け込んでいる状態をいう。1グラムの10億分の1である。25メートルのプールに3粒の塩(0.3ミリグラム)を溶かしたほどの濃度でしかない。それの50倍、つまり150粒分を暫定目標値としている。神戸市水道局の担当者によると、暫定目標値を定めた厚労省は、知見を得る為として、年間に4回、水道水の測定を行うよう指示してきたという。測定の結果、1リットルあたり、5未満から16ナノグラムで推移している。
米環境保護庁(EPA)は2022年6月15日、PFASの規制を強化した。ガイドラインによると、水道水1リットルあたりPFOSは0.02ナノグラム、PFOAは0.004グラムと改められた。従来までの規制基準値は、水道水1リットルにつきPFOA・PFOS合算で70ナノグラム以下だった。また、EUのPFOS・PFOA合算の現行規制基準は、米環境保護庁の旧基準値の20倍以上、つまり3.5ナノグラム以下である。更に厳しい数値へと置き変えるものと思われる(日本貿易振興機構〈JETRO〉のホームページ掲載の記事〈2022年6月22日付〉を参照した)。欧米の基準値と比較すると、日本の50ナノグラム以下という目標値は暫定とは言え高すぎる。今後、諸外国に追随して規制を強めるのだろうが、法的拘束力を伴うものでなくてはならない。
ダイキン工業は1960年代後半からPFOAを製造し、数多の企業に提供してきた。だが2000年代に入り、海外で健康被害が報告されるようになると、ダイキン工業と旭硝子(現AGC)は提携会社であるデュポンと3Mに歩調を合わせ、2015年にPFOAの製造・使用から撤退した。しかしこの人工化学物質は自然環境中では分解されず、地下水の汚染も続いている。人や野生動物の体内に蓄積され、なかなか排出されない。水道水を初め、様々な日用品、そして米軍基地由来も含め、日本に住む人々のほとんどが体内汚染に至っていると考えてよさそうだ。PFOAによる健康被害は報告されているだけでも、肝臓がん、精巣がん、潰瘍性大腸炎、甲状腺疾患、高コレステロール血栓、妊婦高血圧、催奇形、免疫力の低下、などが挙げられる。母体から子供へと汚染が移行した事例もある(*1)。ダイキン工業はPFOAの代替物質としてPFHxAを排出していることから、PFAS汚染は止まるどころか現在も進行中である。PFHxAもPFASの一種であり、人体と野生生物への健康被害が起こり得る。代替物質などという誤魔化しは最早通用しない。少なくとも4700種類は存在するとされるPFASの全てから手を引かない限り、放射能内部被ばくと相まって、私たちの疾病罹患率を高めてゆくことだろう。
*1. デュポン社は、PFOAが人体に有害な物質であることを1960年代初め頃には知っていた。詳しくは米映画『ダーク・ウォーターズ - 巨大企業が恐れた男』(2019年)を観て欲しい。だが、日本語字幕付Blu-rayとDVDは未だに発売されていない。Amazonのprime videoでなら日本語字幕付で視聴できる。
阪神間に長く住み、琵琶湖-淀川水系の水を飲み続け、炊事に用いている私たちは、どの程度の汚染を被ったのだろう。阪神水道系と呼ばれる水道水は、神戸市が阪神水道企業団から購入しているもので、ダイキン工業が汚染させている琵琶湖-淀川水系の河川水が4分の3含まれている(*2)。私は実態を知りたい。その為には、年齢層に関係なく、私たちがどの程度の体内汚染を被っているのかを把握し、疾病との相関関係を調べる疫学調査を行わなくてはならない。私たちには知る権利がある。体内汚染に関する調査は今のところ、環境省が2011年と2013~16年に行った「化学物質のヒトへのばく露量モニタリング調査」しかない。まるで不十分だ。阪神間に住む人々の任意の提供による、大規模な血液検査を実施すべきである。バイオモニタリング制度を導入するとよい。この制度は、すべての年齢層を網羅した継続調査である。そうした疫学調査で得られた知見を基に、法律を作り上げる。つまり、血中濃度の高い人が既に罹患、あるいは後に発症した場合、企業と国に賠償責任を取らせるのである。
*2. 日本の上水道は安全性が高いと思っていた私だが、それでもポット型浄水器を常用していた。トリハロメタンや農薬などを極力体内に取り込まないようにする為である。今は、PFOA・PFOSの除去率も高い他社のポットを試している。特に妊婦、小児や若者にPFOA・PFOS除去能力が高い浄水器を勧める。しかし数十年間にも渡り、PFOAにばく露させられてきた世代に今更効果があるのかどうかは分からない。
以前『AGI・ASI・PFOA』で取り上げた参考文献を、再度挙げておく。
□ 諸永裕司『消された水汚染 「永遠の化学物質」PFOS・PFOAの死角』、平凡社新書、2022年
□ ジョン・ミッチェル、小泉昭夫、島袋夏子『永遠の化学物質 水のPFAS汚染』阿部小涼訳、岩波ブックレットNo,1030、2020年
石橋 宗明