ウィーンで開催中の現代美術展覧会〈ジャパン・アンリミテッド〉Japan Unlimited*に奇妙なことが起きた。オーストリアと日本の外交樹立150周年を記念する事業として、2019年9月下旬に開催したものの、10月末になって外務省が認定を撤回したのである。複数の問い合わせと批判が在オーストリア日本大使館に寄せられたことが発端だったという。その内容については明らかにされていない。
*複合芸術施設ミュージアムクォーター Museumsquartierで開催された。
この展覧会には、「あいちトリエンナーレ2019」の企画展〈表現の不自由展・その後〉に参加した美術家も出品しており、関係が取り沙汰されている。芸術に批判は付き物だが、それにしても一国家による認定取り消しとは尋常ではない。
芸術に対する政治的背景を持つ攻撃として筆頭に挙げられるのが、ナチスによる〈頽廃芸術展〉Entartete Kunst(1937年)である。同様に言及されるべき事件が、半世紀後の1988年、ウィーンに次ぐオーストリアの大都市グラーツで起きた。現代美術家ハンス・ハーケHans Haackeの屋外作品〈だがしかし、あなたたちはついに勝利を勝ち取ったのだ〉Und ihr habt doch gesiegtに、ナチス信奉者たちが放火したのである。広場に立つそのオベリスクは、ナチス時代に出現したものを模していた(支柱は、金色の聖母マリア像を頂く塔である)。大きな違いは、オベリスクの裾にファシズムの犠牲となったユダヤ人、ロマ、政治犯らの数が記されていたことだ*。オーストリアとドイツの新聞は見出しに、放火への批難として『恥の記念碑』と掲げた。
*「スティリアの敗北者たち:
殺されたジプシー300人、殺されたユダヤ人2500人、殺されたか、獄中で死んだ政治犯8000人、戦時中に死んだ市民9000人、行方不明12000人、殺された兵士27900人」
(ピエール・ブルデュー&ハンス・ハーケ『自由-交換』コリン・コバヤシ訳、藤原書店、1996年、p.100から引用)。スティリアStyria(英語読み)とは、シュタイアーマルク州Steiermarkのことで、グラーツGrazが州都。
今年(2019年)9月のオーストリア総選挙で反イスラムや反移民を表明していた極右の自由党が大敗、緑の党が躍進した。党首の便宜供与疑惑だけが原因ではなく、排他へと傾く政治に対し、ナチスドイツの属州となったころの記憶が働いた可能性は高い。
〈ジャパン・アンリミテッド〉が初日を迎えたのは、その選挙戦の終盤であった。日本からの出品作には、日米同盟のストレス、右傾化する政権与党、原発のメルトダウン事故等、混沌をもたらしている傷をあらわにする傾向が見られる*。むしろ、不条理に毅然と抵抗する、彼の地の精神的土壌と引き合う作品に恵まれているのだが。
*在オーストリア大使館によると〈ジャパン・アンリミテッド〉のカタログは発刊されていない。従って私は、新聞とネット上の記事、掲載された幾つかの画像で、展示作品の傾向を判断した。
(本文終わり)
上記の文章は、岩波書店『世界』2020年1月号no.928の読者談話室に掲載して頂いたものです。タイトルは「現代美術展またも『認定撤回』歴史の不条理と正対せよ」となっています。追加したアステリスク以外は、ほぼ当時のまま再掲しました。
投稿文にある通り、2019年9月のオーストリア総選挙で自由党は大敗を喫しました。自由党Freiheitliche Partei Österreichsは元ナチス党員らによって立ち上げられ(1950年代)、人種主義、移民排斥、反EUを標榜しています。
しかし5年後の2024年9月に行われたオーストリア総選挙では、自由党は第1党にまで躍進します。連立政権入りを画策しますが、幸い阻止されました。世界情勢の急激な変化があったとはいえ、短絡的な暴走に抗う、良識の世論が働いたのです。
ドイツでも同様のことが起きています。2025年2月の総選挙で、「ドイツのための選択肢(AfD)」が第2党となります。しかし、やはり彼らも政権入りを果たせませんでした。更にAfDの排外主義に対し、ドイツ憲法擁護庁が問題視し、右翼過激派に認定しました。
日本では、今年7月の参院選挙で「参政党」SANSEITOが議席を増やしました。彼らは復古としての天皇制、現憲法の廃止、排外主義など様々な主張を繰り出しますが、今のところ、連立政権入りには慎重のようです。物事には段取りというものがありますから。自由民主党Liberal Democratic Partyと連立を組んだのは、日本維新の会Nippon Ishinでした。10月21日、日本では初の女性首相Prime Minister of Japanとなった高市早苗TAKAICHI Sanae(President of the Liberal Democratic Party)は、早速、今年度中の防衛費増額に着手しました。それを見越してか、既に防衛関連株は急上昇していました。因みに新首相は、新自由主義Neoliberalismの信奉者であったマーガレット・サッチャーMargaret Hilda Thatcherを尊敬していると聞きます。
石橋宗明
