Bushido

劇場で貰った特製フライヤー。お一人様につき一枚限定。

『サムライ』Le Samouraïの冒頭、『武士道』Bushido: The Soul of Japanの一節が映し出されます。「サムライの孤独ほど深いものはない。ジャングルの虎の孤独を除けば」と。しかし『武士道』にはそうした記述はなく、メルヴィル監督の創作でした。いかにもそんなことが書いてありそうですので、多くの人が『武士道』からの引用だと思い込みました。高校生だった私も真に受けて、『武士道』のどこにあるのか、ただそれだけの為に頁を捲っていました。国際連盟事務次長を務めたり(1920年・大正9年)、「非国民」と罵られたこともある新渡戸稲造NITOBE Inazoでしたが、彼の思想の揺籃期を辿ることで、改めて関心を持ちました。

話しは変わって、朝日新聞に『多和田葉子のベルリン通信』というコラムがあります。「小さな書店の愛ある国批判」(2026年4月9日付)が面白かったので、簡潔に内容を紹介します。ドイツ書店賞という賞があり、年に一度、文化担当国務大臣によって授与されます。昨年度は100軒以上が受賞し、選考基準は「文化的なイベントを行っていること、児童の読書推進に貢献していること、小さな出版社から出ている本も置いていること、新しい経営モデルを考案していることなど」が挙げられます。「商業主義に流されない多様な書店文化の伝統を守ろうという意志を感じさせる賞だ」と、小説家で詩人の筆者は讃えます。

ところが今年は妙な具合になりました。選考委員らが決めた候補リストから、ヴァイマーWolfram Weimer国務大臣が三つの書店を削除していたのです。ツァイト紙Die Zeitによると、『ドイツはくたばれ』というスローガンを掲げるような組織に国の予算は与えられない、とその大臣が述べたそうです。削除された書店の一つ〈ゴールデン・ショップ〉の日除けには、『ドイツ、くたばってください』とあります。英語の「プリーズ」に当たる「ビッテ」bitteが付いていることから、丁寧なお願いとなり、「アイロニーやユーモアが加わるから面白い。どんな風に国を愛するのかは各人の心がきめること(中略)批判的な愛もあっていいと思う」と多和田葉子は述べています。地方紙のベルリーナー新聞は、「ドイツくたばれ、くらい言ってもいいじゃん」という見出しで、不寛容さをなじります。この程度のことで本気で過激派扱いするのかと、私も不思議に思います。

人気の政治トークショー〈マイシュベルガー〉でこの事件が取り上げられ、女性司会者がドブリントAlexander Dobrindt連邦内務大臣に「あなたがヴァイマー大臣に指示を与えたという話がありますが」と追及、何がいけなかったのか教えてもらえなければ本屋さんも「反省しようがない」のでは? と誘い水を向けるもののドブリント大臣は、憲法擁護庁の持つ情報は極秘なので、とのらりくらりです。確かに、これでは判然としません。

それはそうと、国に抱く愛について。私は「愛国」や「愛国心」といった曖昧模糊とした言葉を避けています。自分が住む国や社会の状態を検証することでもって、向き合います。子どもを初め市民の尊厳(人権)が守られているか、まずはこれを重視します。勿論、外国籍の人々も含まれます。三権分立が確立されているか、報道の自由が生きているか、言論の自由、表現の自由、思想・良心の自由が保障されているか、選挙の基本原則が崩れていないか、といったことを評価の基準とします。そうした地盤があってこそ、破壊の不条理(ファシズム)を阻止し、民主主義の状態を維持することが可能だからです。民主主義を解体・妨害するには、上記の事柄を蔑ろにすればよい訳です。民主主義の構築には長い時間が掛かりますが、ファシズムは案外簡単に掘っ建てられるのです。

画廊は、言論の自由、表現の自由、思想・良心の自由の砦となる場所です。普段は、そうしたことをあまり意識しません。しかし脅かされるとなると、砦の様相を露わにします。寝た子を起こすようなものです。政府や権力者側の圧力、社会の趨勢により、藝術家が作品発表の機会を失ったり、作品が駆逐されたりしないよう、抗うのです。権力は常に、彼らの都合や見解を押し付けてきます。曲解を平気で行います。ですから早くから手段を講じ、砦の強化を試みなくてはなりません。少しでも侵犯を許すのなら、それまでですから。自由にやってきた私たちにしてみれば、余計な仕事が増えるので、実に面倒くさい話です。言うまでもなく、そうはならないよう、日本国の現憲法を支持しているのです。

石橋宗明