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『日刊ゲンダイDIGITAL』の記事、〈近大研究チームが5年前、トリチウム除去に成功も…実用化を阻んでいるのは政府と東京電力〉(2023年8月29日付)によると、近畿大学研究チームが、トリチウム水除去技術の品質改良を進める為、補助金を政府に申請するが突き返され、東京電力に福島原発敷地内での試験を打診しても協力を得られなかった。ジャーナリストの横田一氏は「トリチウム除去を巡っては近大チーム以外にも、民間からさまざまな技術提案がなされていますが、政府も東電も一顧だにしません」と語っている。
なぜなのか?
〔参照〕
① 近畿大学公式サイト〈汚染水からトリチウム水を取り除く技術を開発・東日本大震災の復興支援プロジェクトから生まれた汚染水
対策〉(2018年6月27日付)。
② 近畿大学研究チームによる技術開発については、『汚染水海洋放出の争点 トリチウムの危険性』(渡辺悦司・遠藤順子・山田
耕作、緑風出版、2021年)にも言及されている(pp.165-166)。
『原子力市民委員会』*1は、〈トリチウム水は大型タンクに100年以上保管せよ〉という声明を出している(2018年6月6日付)。石油備蓄基地で使用している10万トン級の大型タンクを、まずは10基建設し、その中で123年間保管する。そうすると、トリチウムの放射線量は1/1,000に減衰する。また、トリチウム以外の放射性物質*2についても減衰が期待できるのである。そうしたまともな方策を経て、ようやく海洋放出か否かを検討し、議論を進めることができる。
小出裕章氏(原子核工学)は『原発事故は終わっていない』(毎日新聞出版、2021年)の中で、「トリチウムを含む処理水をタンクに123年貯蔵すれば濃度は1リットル当たり1593ベクレルまで下がり、1リットル当たり6万ベクレルという排水時の濃度限度を大幅に下回るので海洋放出が可能になります」と述べている(p.48)。東京電力が2017年に公表したデータによると、タンクに保管されている処理水に含まれるトリチウム濃度は159万3千ベクレル/ℓだという。これを海洋に流すのなら、27分の1に希釈する必要がある。原子力規制委員会が、濃度限度を6万ベクレル/ℓと定めたからである*3。海洋放出にあたり政府は、更に40倍に希釈することで1500ベクレル未満/ℓにまで下げ、これを安全目標としている。
はっきりとさせておきたいのは、100年以上かけて毒性を減衰させた汚染水を捨てるのと、さして年月を経ていない汚染水を薄めて放出するのとでは、概念が異なるのである。前者は、自然界の尊厳を重んじる倫理が前提としてあり、人の叡智を総動員した結果であっても尚、許しを請わねばならないと考える。100年以上が経過した汚染水であっても、海洋への放出は憚れるのである。後者は自己愛肥大による傲慢と欺瞞であり、不条理の破壊を伴う。強欲を通す為には環境の汚染や、生態系の破壊など何とも思っていない。彼らは都合の悪い話を単純化、矮小化してしまう嫌いがある。放射性汚染水を何十年と流し続けるのである、希釈し拡散させたところで脅威が消えてなくなる訳ではない。海流の複雑な活動に加え、大気も作用する。海中や各地の海岸に、ホットスポットさえ出現する可能性がある。自然界に放出するなら、生物濃縮や内部被ばくは免れ得ない。
以下も小出裕章氏の著書から。「六ケ所村の再処理工場では年間800トンの使用済み核燃料を処理する計画ですが、もし福島第一原子力発電所のトリチウムを含む処理水を海に流さず、タンクに貯蔵し続ける方策を取ることになれば、六ケ所村での海洋放出もできなくなってしまい、再処理工場の稼働自体ができなくなります。だから、政府小委員会、原子力規制委員会、東京電力は口が裂けても『タンクに貯蔵し続ける』とは言えないのです」(『原発事故は終わっていない』p.50)。
原発を稼働させ続けるのなら、使用済み核燃料は累積する。どの原発サイトの貯蔵プールも満杯に近づいている。青森県の六ケ所再処理工場にも運び込んできたが、ここもまた目一杯の状態だ。この再処理工場は2006年の試験運転以降、トラブルが頻発しており、高レベル放射性廃液(死の灰)も溜ったままである。ジャーナリストの広瀬隆氏によると、その量は223立方メートルだという(広瀬隆『日本列島の全原発が危ない!』DAYS JAPAN 1月号増刊号、2017年、p.101)。既に破綻が確定している再処理工場だが、政府と電力会社は、いずれは操業可能であるかのように振る舞っている。仮に本格稼働が可能となっても、放射性物質による環境汚染は遥かに深刻さを増す。行き先の無い高レベル放射性廃液も溜まる一方だ。大地震が襲い(馬鹿げたことに活断層の上に建てている)冷却機能が停止してしまったなら、高レベル放射性廃液は沸騰し爆発を起こす。そうなれば日本列島のみならず、北半球が放射性物質で著しく汚染されることだろう。六ケ所再処理工場や高速増殖炉の破綻、技術的に不可能な高レベル放射性廃棄物の最終処分、溜まり続ける使用済み核燃料とプルトニウム。核燃料サイクルは総崩れに陥っている。再処理でプルトニウムを取り出すのは見限り、今後は、溜め込んだ高レベル放射能廃液と、原発から持ち込まれた大量の使用済み核燃料の保管に全力を投入すべきなのである。その為にもひとまず、直下型地震から逃れなくてはならない。
しかしながら、トリチウム無害、安心安全論、そして「処理水」海洋拡散はすべて、六ケ所再処理工場を本格稼働させる為の詭弁なのであった。再処理工場からは平常運転であっても、原発の数百倍もの放射性物質が放出される。プルトニウム、ストロンチウム、セシウム、トリチウムなど様々である。これもまた「処理水」と称して海洋放出する算段なのだろう。通常時であっても、原発から放出される放射性物質が人々を被ばくさせているという研究報告がある。私たちは「因果関係不明」のまま、様々な病気にさせられているのだろう。ましてやその数百倍の放射性物質量である、健康被害を憂慮しない訳にはいかない。生命の尊厳を冒す、負の科学技術なのである。全ての原発を停止させ廃炉にし、再処理工場を閉鎖へと持ち込むのが倫理にかなった方策である。
原子力発電と核燃料サイクルは完全に行き詰まっている。それにも関わらず、政府と電力会社の原発回帰は、まるで狂い咲きである。彼らにとって、六ケ所再処理工場は最後の牙城なのだ。関西電力と中国電力は、使用済み核燃料の中間貯蔵施設を山口県上関町に建設しようとしているが、こうした新たな混乱を引き起こしている根本原因は、金食い虫の厄介者でしかない六ケ所再処理工場にしがみつく人々にある。近畿大学研究チームや民間の研究所がトリチウムの除去装置を完成させたとしても、私のように、全原発を廃炉にし、汚染水海洋排出を直ちに止めるべきとする者にとって、あまり関心が向かない発明である。六ケ所再処理工場に執着する人々はどうかというと、全く異なる理由により、その技術を異端とさえ見なす。汚染水は多核種除去設備(ALPS)で濾してから、海水で希釈して海洋放出する、福島原発であろうが六ケ所再処理工場であろうが、この工程を経るならば安全である。信じて疑わないテーゼ、あるいは新たな神話が跋扈し始めたのだ。
*1 高木仁三郎氏(物理学者。『原子力資料情報室』を設立)の意志を継ぐシンクタンク。
*2 「処理水」にはトリチウム以外にも、プルトニウム239、ストロンチウム90、セシウム137、ヨウ素129、ルテニウム106、炭素14など、62核種が含まれている。
*3 原子力市民委員会・原子力規制部会長 筒井哲郎氏『福島第一原発構内のトリチウム水海洋放出問題 論点整理』(2018年6月6日)から〈トリチウムの摂取基準〉を以下に引用。「飲料水の放射性物質に関する基準値は日本では見当たらない。しかし、規定していないために結果として排出基準の 60,000 Bq/L が飲料水の基準になっているという指摘がある。世界的には規制機関によって大きな幅があり、WHO は 10,000 Bq/L、カナダは 7,000 Bq/L (Ontario Drinking Water Advisory Council の勧告は 20 Bq/L)、アメリカ合衆国は 740Bq/L、EU は100 Bq/L となっている」。
石橋宗明