私は「ウィークエンド」を知らなかった。part2

 

 

 

 

 

ヨーゼフ・ボイス
〈私はウィークエンドなんて知らない〉
53×66×11㎝.1971-72
栃木県立美術館所蔵

「あいつ一匹で、いったい何人の腹を満たせるだろう。だが、そういう人間たちにあいつを食う資格があるのか? もちろん、ない。あれだけ堂々とした、風格のある魚を食う資格のあるやつなどいるもんじゃない」(ヘミングウェイ『老人と海』、高見浩訳、新潮文庫、2020年)。

1)
朝日新聞グローブ第264号(2022年10月2日付)の第一面は、牛の横顔が占めている。頭部から鼻先にかけて、ヘッドホンのような装置が取り付けられている写真だ。見出しには、〈犯人はげっぷ? 牛には鼻マスク〉とある。カリカチュアなのだろうと読み始めたが、大真面目な内容だった。「鼻マスク」は牛のげっぷと息を吸い取り、含まれているメタンの6割以上をCO₂と水に分解し、放出する。地球温暖化を阻止する為の装置だという。開発したイギリスの企業ZELPは、「メタンは20年という期間でみれば、二酸化炭素(CO₂)の80倍以上の熱を大気に閉じ込める。牛は一日に500リットルのメタンを出し、その9割以上が鼻付近から出るのです」と説明する。穀物メジャーのカーギル*が開発に関わり、チャールズ皇太子らが主宰する「地球憲章(Terra Carta)」からデザイン賞が与えられた。
*カーギルから分離したモザイク社は、肥料産業を牛耳る二大企業の一つである。牛に「鼻マスク」を付けさせるという愚弄は、世界中の農家を縮小に追い込む為の、質の悪いジョークに映る。彼らの目的は、モザイク社の化学肥料の売上を増大させることにある。牛の飼育数を減らしながら、植物由来の人工肉へと移行させるなら、材料となる大豆とトウモロコシの栽培に拍車が掛かるだろう。

朝日新聞紙面に『ののちゃんのDO科学』という質問と回答のコーナーがあり、2022年12月3日付〈牛のげっぷは環境によくないの?〉から引用する。
藤原先生:メタンにはCO₂の25倍も空気を暖める働きがあって、CO₂の次に大きな温暖化の原因になっているよ。牛のげっぷは、世界の温室効果ガスの4~5%を占めると言われているわ。
ののちゃん:げっぷは私も出るよ。
先生:人間と牛では少し違うのよ。牛は草を食べるでしょう。簡単に消化できないから、一度のみ込んだ食べ物を口の中に戻して、繰り返しかんでいるの。
のの:そう言えば、ずっと口を動かしているね。
先生:反芻(はんすう)動物って言って、羊やヤギもそうね。牛は四つの胃があって、一番大きな第1胃で微生物が食べたものを分解、発酵しているんだけど、その時にメタンが発生する。飼料をいっぱい食べて、牛乳をいっぱい出す牛だと、1日に出すメタンは約600リットルにもなるそうよ。世界には15億頭の牛がいるというから相当の量ね。

出光興産が開発した「ルミナップP」は、牛が排出するメタンガスの量を削減する効果があるとされる。北海道の農場で大規模な実験が行われており、通常の飼料に、カシューナッツ殻液混合飼料「ルミナップP」を添加し、一頭ごとのメタンガス濃度を測定している。朝日新聞(2023年2月14日付)によると、牛の胃の中には、メタンガスを生成する微生物が棲んでいるのだが、「ルミナップP」の投与により、その微生物を抑制する効果を期待できるのだという。

今や、牛や農家が地球温暖化の原因とされてしまっている。メタンガスの排出よりも、二酸化炭素の方がまだまし、といった扱いなのだ。だがどちらにしても、根拠のない売り文句である。氷河期と温暖期は過去45万年の間、周期的に訪れている(炭素年代測定法による)。1000年前の中世期は、今よりもずっと気温が高かった。1600年代半ばに小氷河期が終わり、徐々に気温が上昇している。それはイギリスで産業革命が始まる1700年代後半よりも以前であり、石炭火力の活用が気温上昇の原因とは言えない。つまり、気温の上昇は二酸化炭素の増加とは無関係である*。ましてや、牛や羊のゲップが引き起こすとは考えにくい。メタンガスはいつまでも大気中に留まっていることはなく、10年以内に消失する。また、二酸化炭素と同じくメタンガスも、樹木の成長と森林の拡がりに貢献しているかも知れないのだ。それとも、樹木もまたゲップをするとして嫌われるのだろうか。
*広瀬隆〈CO₂温暖化説の嘘と もたらされる被害 科学者は誰も信じていない〉『紙の爆弾』p.10、2024年8・9月号、鹿砦社。この記事以外にも、広瀬隆『地球温暖化説はSF小説だった ― その驚くべき実態』八月書館、2020年。広瀬隆『二酸化炭素温暖化説の崩壊』集英社新書、2010年。赤祖父俊一『正しく知る地球温暖化』誠文堂新光社、2008年。などが参考になる。

次のような考え方もある。地質学者のデイビッド・モントゴメリーの著書から引用する。「ウシが餌 ― 草であれ穀物であれ ― の消化を助けるために頼っているメタン生成古細菌は、大量のガスを発生する。古細菌が生成したメタンは蓄積し、ウシを膨れあがらせてしまう。もちろん、ウシがガスの排出(げっぷ)をしなければの話だ。一般にウシは、一日に100リットルを超えるメタンをげっぷとして排出する。全部合計すると、アメリカのメタン放出の三分の一が家畜によるものだ ― 石油や天然ガスよりも多い。そして温室効果ガスの大きな排出源としてウシが悪者にされることがあるが、実際にはウシそのものが、農場の子どもが火をつけて遊んでいるメタンを生成しているわけではない。
ウシは体内の微生物発酵槽に餌を与えるために草を食べる。引き換えにウシは微生物発酵の生成物 ― と微生物自体 ― で生きている。人間は草を食べられないが、ウシの体内にある微生物の庭園のおかげで、牛乳を飲みチーズやローストビーフを食べられる。
結論を言えば、生命があるところには必ず微生物がいる ― 家の中のあらゆる表面から、地球上でもっとも過酷な環境、ウシの四つの胃の中まで。私たちが複雑な生物へと至る道は微生物から始まったが、このことに気づくのは20世紀も終わりに近づいたときだった。発見から長いあいだ、微生物は面白い気晴らし程度のものに思われていたのだ」(デイビッド・モントゴメリー+アン・ビクレー『土と内臓』p.37、片岡夏実訳、築地書店、2016年)。

どうやら、牛一頭が24時間に排出するメタンガスの量は、徐々に増加しているようだ。見積り量が多ければ多い程、人工肉と培養肉の市場を拡げようと画策する人々にとっては都合が良いはずだ。ところで、モントゴメリーとビクレー両教授が言わんとするのは、人工肉や培養肉の利点についてなどではない。ウシのゲップにメタンが含まれているのは、胃の中に棲む微生物の働きによるものだが、オーロックス(家畜牛の祖先)やバイソンが群れていた時代から連綿と続いている営みである、ヤギや羊、その他の生物もそうだ。微生物が、生態系に組み込まれた重要な働き手であることについて、私たちは気付きを得たところである。私たちがようやくそれを知ったからといって、地球環境がどうなるというのだろう。私たちの近視眼的な態度にこそ、警戒を向けるべきではないのか。私にはそんな風に読めたのである。

牛の飼い方を間違えている、と堤未果さんは『ルポ 食が壊れる』(文春新書、2022年)で述べている。牛を狭い場所に閉じ込め、劣悪な環境の下、牧草(牛は草食動物である)の代わりに、感染症を防ぐ抗生物質とトウモロコシを与える。そうした工場式飼育法に疑問を抱く農家が増え、牧草地から牧草地へと牛たちを移動させる輪換放牧に注目が集まっている。バージニア州のファーマーは言う、「牛のような反芻(はんすう)動物がいるからこそ、草は水分を補給し、土を作り、土壌の中の菌根菌に栄養を与え、最高のバイオマスになるんです」(同上p.150)。牛たちは移動しながら草を食べ続け、肥料となる排泄物を残してゆく。放牧密度が高い程、多くの蹄が土を踏みしめ、草の種が地中深くに押し込められる。土は酸素を含み柔らかくなっているので、発芽した草は勢いよく根を張り始める。犂(すき)で掘り返しながら、土壌の生態系をずたずたにしてしまう方法とはまったく異なる。

堤さんは、「土壌に詳しいワシントン大学地球・宇宙科学部教授のデイヴィッド・モントゴメリ博士に」取材している。前出のデイビッド・モントゴメリーさんと同じ人である。輪換放牧について意見を求めたところ、「アフリカでバッファローの群れが草原を造ったメカニズムと同じだと説明された」という。「バッファローの大群が草原を走り抜けていったあと、一気に食べられた草はできるだけ速く再成長しようと、急いで根っこと地中の有機物に大量のエネルギーを注入する。その結果、土は肥沃になり、牧草の質がどんどん上がるというのだ」(『ルポ 食が壊れる』pp.151~152)。更に堤さんのレポート、「牛を自由に放しておく通常の慣行放牧と比べ、高密度で場所を移動させ続ける輪換放牧をしている牧草地は土の栄養分や有機物の含有量が高く、菌根菌がたっぷり入っていることが報告されている。
4000万年の間、草と反芻動物の共存は陸地の4割を、大量の炭素を閉じ込める草原に変えてきた。
気候変動の犯人扱いされている牛たちこそが、実は土壌を改善し、炭素を地中に閉じ込める機能を取り戻させ、温室効果ガスを減らしてくれる大事な存在なのだ」。
コロラド州立大学のミーガン・マクミュラー博士は言う、「牛は、単なる家畜でも、地球の気温を上げる犯人でもありません。かつて自然界に生息していた野生動物たちの代わりとして、私たち人間が破壊した土を再生するチャンスをくれる、貴重な存在なのです」(同上p.163)。

生物は総じて美しい。危険なエボラウイルスにしても、電子顕微鏡写真(色調を加えたものだが)を見るならば、面白い形態をしており、美しいのである。作家のマイクル・クライトンとロバート・ワイズ監督は、自然界の形態は美のヴァリエーション(美的変異、揺らぎ)であることを知っていたのではないか。宇宙から来た微生物(「アンドロメダ病原体」)とはいえ、そのデザインには、彼らの鑑識眼が生かされている。また、菌類や粘菌の面白さに取りつかれた南方熊楠の気持ちも分かる気がする。粘菌は、わずかな時間ですっかり形姿を変えてしまうので、初めてそれを見た時には私も驚嘆した。私の宿敵スズメバチもまた、死骸ではあるが、ピンセットを使って鑑賞するならば、憎たらしいものの、なかなかチャーミングでもある。そうした無数の美のヴァリエーションが、複雑なコネクションを構築、バランスを保っている。宇宙・大気・土・水・海洋の環境形成に於いて相互関係を持ち、生態圏という巨大な循環を出現させている。圧倒的な驚異、そして美である。

生態系の研究が欠けていたが為に、破壊を呼び込んでしまうことがある。良かれと思った自然界への介入であっても、生態系のバランスを崩してしまい、思わぬ結果を生むのである。人間の浅知恵よりも、先ずは生態系の研究である。宿敵スズメバチにしても、生態系のバランスを保ってくれる昆虫であることを知るならば、退治ありきではなく、彼らの生活圏を破壊しない方策を考えるようになるものだ。イノシシが街中にまで姿を現すのは、食物に困ってのことだ。生態系を無視した、あるいは無知なままに行われた大規模開発、乱開発にこそ原因がある。私たちが侵入者であり略奪者であることを顧みるべきであり、わざわざ飼い犬をけしかけて威嚇するなど破廉恥である。海洋の生態系を知るものであろうイルカを、自由に懸命に生きていた賢者を捕獲し、水槽に閉じ込め、芸を仕込むことは創造的であろうか。私たちの知的レベルの低さを露にする、恥ずべき所業に喝采を送る気にはなれない。

生き物と、生態系あるいは生態圏の尊厳を守りながら、融和を図り共生関係を築く。人間圏は根圏に放出される栄養を頂く微生物のごとくあるべきなのだ。私たちは前頭葉を発達させている生物なのだから、生きさせて貰っていることに感謝の念を抱くことができるはずだ。生来の創造性を重んじるのであれば、いかにして生かす(活かす)のか、そして生きるのかという課題に傾注するだろう。そのようにして私たちは生態系(圏)の中で生き延び、破壊の文明から脱却する。難しいことではない。反生命の科学技術を駆逐するだけでも、大方の仕事は終えたのも同じである。その先にあるのが、真の民主主義の状態である。

人間圏が生態系と融和して生きる為には、科学技術は、生命に奉仕するものでなくてはならない。原子力発電所、核燃料再処理施設、農薬、遺伝子組み換え技術、自然破壊を前提とした再生エネルギー技術の導入、人工知能、これらは反生命の科学技術である。ALPS放射能汚染水の海洋放出、諫早湾のギロチン、全面核戦争も同然だった核実験、そしてすべての兵器と基地、戦争がそうなのだ。人間は自然界に対して、暴行と侮辱を繰り返してきた。メチル水銀化合物(有機水銀)、カドミウムによる河川の汚染、亜硫酸ガスで大気を汚染し、PFAS(有機フッ素化合物の総称)は大気と土壌、地下水を広範囲に汚染し、野生生物と人間に蓄積されていっている。マイクロプラスティックも然り。生態系と人間圏を切り離した発想は傲慢であり、経済活動由来の汚染は様々な病気を引き起こす。「風評被害」といった文言で封じ込めようとするが、実情が変わる訳ではない。

反生命としての農耕の在り方も、変化を迎える。除草剤や殺虫剤、そして化学肥料を投入する栽培は終焉を迎える。単純化した言い方ではあるが、被覆作物、輪作、そして不耕起栽培を行えば、害虫を寄せ付けない肥沃な土地を取り戻すことができる。複雑で豊かな土壌生物相が回復する。土壌生物、有機物、鉱物が適度に混ざり合う、健康な土が蘇るのである。実はそうした農法は、17世紀から18世紀の土壌管理の本に既に記述されている。爆薬と兄弟関係にある化学肥料が導入され、機械化が進んだことから、古くからの農法が廃れてしまったのである。

土壌生態系には様々な土壌生物が関わっている*。例えば、ミミズの糞は植物の養分となり、彼らの作る無数の水路は、水を地面に浸透させ、植物の根に届かせる。菌糸は、植物がリンを吸収しやすく溶かし、一方で植物は、タンパク質や炭水化物(糖)を豊富に含む滲出液を放出し、それが土壌微生物の餌となる(デイビッド・モントゴメリー『土・牛・微生物』pp.110~111、片岡夏実訳、築地書店、2018年)。しかし土を耕すなら、そうした地中の仕組みを破壊してしまうのである。犂(すき)は、破壊的な発明の一つだ。馬や牛に引かせて耕す道具だが、土地は劣化し肥沃さを失っていった(同上pp.17~18)。そこへ化学肥料が登場し、土壌生態系の再生を妨げた上、窒素による周辺環境の汚染が始まった。除草剤グリホサートは、作物の根を覆う有益な微生物相を攪乱し、栄養となるリン、亜鉛、マグネシウムなどの吸収量を減らしてしまう。グリホサートはまた、家禽や牛の腸内生物相を変化させ、病原性細菌が繁殖しやすい環境へと変えてしまっている(『土と内臓』p.302)。私たちは数十年間に渡り、そうした農薬と化学肥料を大量に用いる農耕を続けてきたのである。
*「植物と土の中の微生物は、生物学的な取引制度を営んでいて、それが植物の防衛機制として機能し、おかげで人間の健康に欠かせない栄養たっぶりの植物性食品を収穫できるのだなどと主張したら、2、30年前なら正気の沙汰には思われなかっただろう」(同上p.322)。
植物の防衛機制→ 根に主要な栄養素を運んだり、病原体から守ったりする特定の微生物の働きに対して、植物側からも栄養を根圏へ放出する。その滲出液には、植物が光合成によって得た炭水化物の30~40%が含まれている(同上pp.120~122)。

20年前のことだが、〈ギュンター・ユッカー[虐待されし人間]〉という展覧会を伊丹市立美術館(兵庫)で見たことがある。アメリカ軍の管轄下にある、イラクのアブグレイブ刑務所に於いて、捕虜への虐待行為があったことが明らかになった頃である。会場には15点の作品が展示され、それらの中に、尖った木の杭を多数備えた、農耕器具のような立体作品があった(〈道具 傷、包帯〉1992年)。耕作が誰(何)を傷付けることになるのだろうかと思い回していたが、ようやく腑に落ちたように思える。自然界から学ぼうとしない農耕の暴力性について、ギュンター・ユッカーは洞察を深めていたのかもしれない。

2)
メタンガスの増加はどうするのか? 日本に限ってのデータなのだが、東京新聞に掲載された〈日本のメタン排出量の推移(CO₂換算)〉*を見てみると、1990年から2019年の29年間、4万トン台であったものが3万トンに減少している。減少したのは、燃料からの漏出、燃料の燃焼、そして廃棄物に由来するメタンガスである。農業に関しては、2万トン台を推移しており、大きな増加は見られない。世界規模でのメタン濃度は上昇しているのかもしれないが、それは2007年辺りからであり、中国での石炭採掘増加と南アジア、東南アジアでの畜産業の拡大が原因ではないかと言われている(東京新聞TOKYO Web. 2021年2月20日)。中国で石炭採掘が増加したのは、石炭火力発電所の稼働率を上げたからである。全世界の太陽光パネルの6割以上を中国が供給しており、生産には大量の電気が必要である。畜産よりも、石炭採掘過程で放出されるメタンガスの方が多いように思うのだが。
*メタンガスは二酸化炭素の25倍の温暖効果があるとされているが、これは国連のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が試算した。

3)
IPCCによる二酸化炭素地球温暖化説は、原発再稼働の根拠として重宝されている。大手電力会社が、老朽化した原発を稼働させ続けるのは、それらを資産として維持したいが為である。それに加えて、原発新設の計画まで持ち出されているのだが、これには次のような背景がある。

人工知能(AI)の普及により、電力需要の増加が予想される。それに対応するためアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)は、ペンシルベニア州にあるサスケハナ原子力発電所に隣接するデータセンターを購入した。そうすれば原発から直接、電力供給を受けることができる。マイクロソフト社もまたデータセンターの電力確保の為、原子力発電事業者と契約を結んでいる*。更にGoogle Cloudも、金科玉条のごとくカーボンフリーを振りかざし原子力に依存しようとしている。『原子力産業新聞』(22 Mar 2024)は、国際エネルギー機関(IEA)の予測を基に次のように述べている。「データセンターや人工知能(AI)などによる電力消費が、2026年までに倍増する可能性があり、2023年のデータセンターによる電力消費量4600億kWh(推定)から2026年には1兆kWh以上に達すると予測されている。1兆kWhは、日本の年間電力消費量に匹敵する」。
彼らの示す数値が的確なものかどうか、私には分からないが、AIが電力を食い散らかすであろうことは予想していたので、私の抱くAIへの侮蔑感情も故無き事ではない。長年、節電を心掛けきたつもりだが、それがご破算となり、原発が威風堂々と凱旋する膳建てをしたのだから。
*マイクロソフト創業者ビル・ゲイツが会長を務めるテラパワー社は、高速炉原発の開発を進めている。この計画には日本原子力開発機構や三菱重工業等が参加する。

ルシアン・ルーレットもどきの新型コロナワクチン製造に莫大な投資を行っているビル・ゲイツは、有害な人工肉の開発と製造、普及にも励んでいる。ゲイツ農場では大量の化学肥料が使われ、土壌から滲み出た窒素が危険な藻類を発生させ、その結果、湿地の生態系を破壊している(『ルポ 食が壊れる』P.111)。彼が出資するインポッシブル・フーズ社、ビヨンド・ミート社は、人口肉の開発と製造で知られる(同上p.23)。材料となるのは大豆とトウモロコシで、これらは遺伝子組み換え穀物である。収穫量を増やすべく農地を買い漁っているのだが、現在、彼が所有する土地面積は約11億平米で、これは香港ほどの大きさであるという。そのほとんどが農地であり、今やアメリカ最大の農地所有者となった(同上p.115)。
また、遺伝子組み換え作物とセットで、除草剤のグリホサートが使用されることから、商品となった人工肉からも高濃度でグリホサートが検出されている。〈全米母親の会〉創設者であるゼン・ハニーカットさんは、「グリホサートは、わずか0.1ppb*で腎臓や肝臓の中にある4000以上の遺伝子機能を変化させ、実験室のネズミに深刻な臓器障害を引き起こすことが分かっている成分です。それがインポッシブルバーガーで11ppbというのは、危険なレベルの数値です」。「インポッシブルバーガーには、動物実験で臓器障害を引き起こすことが確認されている遺伝子組み換え大豆が使われている上に、GM(遺伝子組み換え)酵母とGM大豆レグヘモグロビンタンパクが含まれている。消費者はこの事実をよく考えるべきでしょう」(同上pp.28~29)。
*単位ppbは、10億分の1の含有量を示す。1ppbは、0.000001mg/g

FDA(米国食品医薬品局)は、インポッシブル・フーズ社に対して、人体における安全性を証明するように命じたが、同社からの回答はなく、試験も行われていない(『ルポ 食が壊れる』P.29)。それにも関わらす、FDAは安全な食品着色料として承認してしまう。勢いを得たインポッシブル・フーズ社は、児童栄養認定を取得、学校給食へと進出するのだった。同社のプレスリリースには次のような箇所がある。「インポッシブルバーガーは間違いなく、10代の子どもたちを熱狂させるでしょう。この商品を普及させることは、その地区全体の二酸化炭素を削減するだけでなく、子どもたちが地球と自分との関係について深く考える、大変重要な教育にもなるのです」(同上p.39)。

ここで言う二酸化炭素の削減とは何か。牛の濃厚飼料となるトウモロコシや大豆などを栽培する際、彼らは化学肥料を用いる。その化学肥料の生産には合成アンモニアが必要で、天然ガス(メタン)を使った工程を経なくてはならない。故に、生産過程と使用時には二酸化炭素が出る。しかし人工肉に変えてしまうなら、「その地区全体」が二酸化炭素削減に貢献できる、という口上である。とは言うものの、人工肉の材料となる穀物の栽培にしても大量の化学肥料を使う。相殺するのだと、控えめに表現した方がまだ誠実さを演出できたかもしれない。ついでに、ゲップの話しも付け加えておいてもよかった。

彼らは環境保護、動物福祉、貧困撲滅を謳うが、実際とは乖離した自己賛美である。化学肥料で自然環境を汚染し、除草剤グリホサートに耐性を持つ遺伝子組み換え作物を材料とするため、商品となったバーガーは ①グリホサートが残留しており、②遺伝子組み換え作物にも懸念があり、②塩分量が多く、③乳化剤や結合剤のような添加物をふんだんに用いているので、肥満、糖尿病、がんのリスクが高い(『ルポ 食が壊れる』P.41)。しかしそれでも、地球温暖化の解決策として、「ミレニアム世代」は人工肉を歓迎するに違いないと生産者側は見ている。工業型畜産は、温室効果ガスの50%以上を排出していると喧伝されているからである(同上P.42)。

人工肉の他にも、培養肉という技術がある。「細胞バンクや卵から採取された細胞を培養して作られる、培養鶏肉と培養牛肉」(『ルポ 食が壊れる』p.45)のことで、例えば、ブランド和牛の細胞を知的財産として預かり、培養して売るのである。ビル・ゲイツが大口出資者であるグッドフード研究所(GFI)は、非営利のシンクタンクであり、培養肉に参入する企業を支援する。培養肉もまた、温暖化防止や動物福祉がキャッチ・コピーなので、安全性が蔑ろにされる可能性がある。「デジタル版緑の革命」と揶揄されるビル・ゲイツの奪取型農業プロジェクトは、インドの農家に激しい反発を引き起こしている。私たちも唯々諾々と受け入れるのではなく、これは変だと思う売り込みには、はっきりとNO!と言うべきである。

『私は「ウィークエンド」を知らなかった』に続くものとして書いた。栃木県立美術館が所蔵している、ヨーゼフ・ボイス〈私はウィークエンドなんて知らない〉(1971-72年)を鑑賞したのが契機となった。
アタッシュケースの蓋に、レクラム社の文庫本『純粋理性批判』と、マギー・スパイスの瓶を並べた作品である。また、仕切りの下には、6人の作家による18点の版画作品が納められ、ポートフォリオには”WEEKEND”とある。
ベトナム戦争末期頃の作品で、世界中で反戦運動が高まりを見せ、ニューヨーク・タイムズは入手した極秘文書「ペンタゴン・ペーパーズ」の掲載を開始、ニクソン大統領は「和平交渉」の為と称し大規模な北爆を再開させていた。そんな中、庭でバーベキューを楽しむ気分にはなれなかったのだろう。

他者の尊厳を守ることにより、人間は道徳的に自由な状態へ至るとするイマニュエル・カントの命題と、これを自然環境保護、動物の権利へと対象を拡充させるスパイスとして、マギー社のソース「マギー・ヴュルツェ」(大豆や小麦が主成分)を配置させる。ヴィーガンや、こうした傾向の食生活を着地点とするのではなく、ボイスの視線の先にあるものは、生態系と人間圏との融和により、破壊的な文明から脱する試みではないかと考える。機会を捉え、更に述べてゆきたい。


石橋宗明